2013年5月3日金曜日

勉強すること


初めまして、コーチの神守です。
学生の方はそろそろ新しいクラスメイトや教室に慣れてきた頃でしょうか。


さて、ほとんどの大学は自分の好きな分野の授業を受けることが出来ます。
図書館司書というものをご存知でしょうか。



カウンターに座って貸し借りの業務を行ったり、
本を棚に戻したりしている人達のことです。
今私は、図書館司書という資格を取るための授業を大学で受けています。
図書館、本、紙の歴史や情報機器の使い方、
図書館の現状など様々なことを教わります。
そんな司書課程の授業の中で、
学ぶということはどういうことか、という問題が提示されました。

私はずいぶんその問いが哲学的で、
図書館のことから離れているような気がしました。
けれどこの問題は、図書館のことにも、
今受けている大学の授業のことにも、ゴールフリーで働いていることにも、
これからの人生にも関係していくことだと感じました。

私は中学の時も高校のときも、
テスト前になると必死にマーカーで教科書に線を引いて、
暗記しなければならないことはノートにまとめて
こんなことは将来役には立たないと不満を募らせていました。
だって、連立方程式なんか数学の問題を解くときにしか使いません。
漢文だって読む機会はないし、
化学反応なんて「混ぜるな危険」と書かれていれば混ぜることもないし、必要ありません。

けれどテストに出るから、高い点数を取れば後になって楽が出来るかもしれないから。

そう自分に言い聞かせてただひたすら勉強をしていました。
勉強をする理由が分からずに無理やり詰め込むことはとてもとてもしんどいです。
私はテストに出るから、という理由で何とか切り抜けたはいいものの、
それ以降使わなくなった知識からだんだん消えていってしまっている気がします。

ただ、まだ残っている知識は、私がそれに初めて出会ったとき、
「そうなんや!」って感動したり、驚いたことがあるものです。

少し前までやっていた「トリビアの泉」というテレビ番組はご存知ですか。
視聴者から投稿された豆知識を「へぇ~ボタン」でランク付けするというものです、
スペシャルは時々今でもやっているようですね。
ほとんど知っていて得をするような知識ではないけれど、
だからこそ記憶に残っているものが多い気がするんです。

大きく脱線しましたが、「学ぶ」ってなんでしょう。
この問いに1年前、私は「将来の可能性を広げること」と答えました。
けれど、今は少し違います。

学ぶということは、知るということが前提にあります。
知るということをすると少し満足感が得られます。
ちょっとだけ、昨日の私とは違うぞっていう気分になります。
そこからは友達と共有するのもいいし、
その知識についてもう少し自分で掘り下げてみるのもいいですよね。
学ぶというのは知ることがメインで、覚えることや身につけること、
将来に役立てることは考えているほど重要じゃない。
知るという過程があって、偶然将来の役に立つという程度。
そう考えると少しだけ、机に向かって勉強をすることが楽しくなりませんか。


これから本格的に授業が始まっていきますね。
学校に行く=トリビアの泉を生で体験できるって考えてみてはどうでしょう。

神守萌江    

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